美しき緑の星(LA BELLE VERTE)~人々に大きな目覚めを促すフランス映画?
1996年のフランス映画・美しき緑の星(LA BELLE VERTE)は良いという話が、複数の人から寄せられたので視聴した。結論としては、人々に大きな目覚めを促すみたいな大層な作品ではないという判断だ。全く目覚めが無いという意味ではないにせよ。


「美しい緑」というフランス語タイトルなので舞台は「地底世界アガルタなんだ!」みたいな人もいるが、日本語の映画タイトルには「星」なのだから、地球とは別の惑星だと解釈した。物語内では地球という表現と並列で、星らしき名前が登場する。地球以外にも幾つか星の候補があるわけで、地底という状況にそぐわない。
映画を作った監督は宇宙人コンタクティという以前に魔法結社員。もちろん、魔法結社は宇宙人とコンタクトする結社なのだから、コンタクトも実施しているだろうが。
複数の人から寄せられたと話したが、宇宙への旅立ちが発端?で、その読者にブロガーがいて、そのブログも人気のようで、情報が当ブログに流れてきたわけだ。何度か語っているが、当ブログ級のアクセス(1日1000~3000アクセス)や、それを超えるアクセスのブログで、真実を追究しているサイトは1つも無いと宣言している。この法則を忘れないで貰いたい。まあ、筆者としても「あの人気ブログは走狗ですよ」と名指しはできないので、読者から「あのブログは素晴らしい」という同じような報告が後を絶たないのだが。一例としては「宇宙人はいないと思う」と宣言しながら、のうのうと当映画(宇宙人が基盤)を見事だと紹介しているようなブログだ。
映画の内容の話となる。まず、ジョークのセンスは筆者には合わなかった。アメリカ映画・ドラマだと、ジョークが筆者をニヤリとさせるが、フレンチ・ジョークには反応しない事が判明した。それから、サッカー選手の男同士がフレンチ・キス(ねちっこく深い口付け)をするシーンもあり、ホモ推奨か! と言いたくなる。監督は女のようで、男は原則、男×男を嫌いという事に気付いていないのか。
フレンチ・ジョークで検索すると、フランス人の旦那を持ってフランスで暮らす日本人女性のブログが見つかった。その人もフレンチ・ジョークはズレまくっているという解釈だ。慣れればいいというもんではない。
この映画を紹介する人は「お金の無い社会が描かれている」と強調し、あたかも素晴らしい世界かのようにレビューしている。しかし、映画のテーマはお金の無い社会ではなく、そんな社会から来た人が現代を見たという内容が主体で、現代社会の風刺が基盤と言える。つまり、お金の無い社会が素晴らしいという話ではなく、現代社会が酷い有り様だという話なのだ。もちろん、地球がスムーズに「お金の無い社会に移行できる」という根拠も存在しない。この辺の解釈を、変なサイトに誘導されてはならない。
フランスで2日間宣伝しただけで、EUでは上映禁止になったというエピソードもある。「役に立たない仕事でも税金を投入して政府が職を作り出し、失業率を下げれば大衆は黙る」とか「不買運動すれば、資本家は潰せる」みたいな話もあった。まあ、確かに、支配層が知られたくない事は、多少はあったが、ゼイリブ程に強烈な話ではない。
意味は追って説明するが、筆者は地球におけるお金の無い社会というのは信じていない。原住民など、最初からお金が無いコミュニティならばともかく、貨幣社会からお金が無くなる世界に移行するみたいな話は、支配層によるガス抜きという解釈だ。アセンション詐欺やNESARA詐欺が、その典型例で、アセンション詐欺では、もちろん2012年末に完全に裏切られた。NESARAだとコブラ解放やベンジャミン・Fなどが叫んでおり、もはや相手にできない。コブラ解放(2013年の春に金融のリセットをすると宣言し、延期を重ねるも、もちろん何もしなかった)について追記すると、「コブラは大嘘確定」と当ブログが突き付けたら、暫く大人しくなっていたブログがあって、深呼吸したくなるような空気の良さそうな所に住んでいるみたいだが、またコブラ解放を紹介している。要するに、集会などでの上位者から指示されているのでやめられないのだ。
お金の無い社会を希望する多くの人は、お金の余裕が無い人達だ。そりゃ、最初からお金の無い人ならば、お金の無い社会の方が都合いいと思い込んで当然だ。しかし、お金の無い社会でも労働が無くなるわけではない。身体に障害は無く、肉体は最低限は健康だと想定する。物々交換が主体になるとして、何も提供できない人だっているはずだ。まさか芋掘りの手伝いをさせられて、労働の対価として芋を得て、他の物品と交換するのだろうか? そんなもんは、今でもできる事ではないか。それすらする努力や気力がないのに、どうしてそんな人が「お金の無い社会」を希望するのやら。たとえ、お金がなくなっても、したくもない労働をするのでは無意味だ。ある人が絵や音楽を作るのが好きで、下手だけと魚と交換してくれという話ならばまだしも、芸術的な意欲もゼロで、技術(テクノロジーからコミュニケーションまで多彩)も知識も無い。そんな人こそお金の無い社会で一番困るのだ。お金の無い社会の話をする人は、「屋根を修理できる人と山菜を採れる人がいて……」みたいな話ばかりで、「健康だけど、なーんにもできない人(雑作業などできる事があっても、したくない人)」の存在がすっぽり抜けているのだ。
お金が無い世界だと、今より楽だと思っているのではないか? お金のある今の世の中で、うだつの上がらない人が、お金のない世界で急に才能を発揮するとはとても思えない。問題があるとすれば、お金ではなく個人となる。
筆者の予感では、お金の無い社会ではゴールドは手に入れにくいと思われる。まあ、歯の治療や電化製品などには使われており、産業が一新されない限りは、それらの産業では手に入るだろうけど。
NESARA(情報公開と大金配布)の話になり、1人1000万円だか10億円を受け取ったとしよう(ベンジャミン・Fの案では既に100万円になっている。もちろん、それすら誰も受け取っていない)。
今の貨幣価値では絶対に使えない。10億円で東京都千代田区(東京駅辺り)の土地、あるいは都会から遠くない山林で自然と暮らすために、山1つを買いたいと希望しても、そういう人が殺到したら、言うまでも無く値段は吊り上がる。土地に限らず、家でも物品でも同じだ。
シェルダン・ナイドルの大金配布宣言……2012年アセンションで裏切りくさったシェルダン・ナイドルは、5月中に大金配布のスタートが始まると宣言しくさった。どうせ5/31が終わり、6/1になっても「まだアメリカ時間では……」となり、6/2になってまた嘆くオチ。そもそも5月中とかいう話で、下旬まで引っ張る時点でおかしいではないか。知らない人が急に大金が振り込まれるとビックリしてしまうから、そろそろ銀行から案内くらいは届かないとおかしいはずだが。
筆者はお金が無い社会は希望しない。ただし、ベーシック・インカムのように、誰もが月12万円くらいを受け取る社会は強く希望している。月30万欲しい人は、18万の仕事をすればいいし、50万欲しい人は38万の仕事という具合だ。別に奴隷労働者(サラリーマン、フリーター)のやる気を著しく削ぐ話ではない。もちろん、年金も支払わないし、健康保険も取られない前提だ。医療費が掛かるかの、その話まではしないでおく。
ベーシックインカムで、それなりに皆がハッピーになる(お金を要因とした不幸から解放される)はずで、お金に困らない暮らしだ。なのに、「お金の無い社会になる事が素晴らしい」なんて話をする以上は、その手の話に注目させて時間を奪うトラップだと筆者は考えてしまうわけだ。ベーシックインカムの問題点というのもあるだろうが、「1人10億円の大金が支払われた社会」や「お金の無い社会」の問題点と比較すれば、取るに足りないという意味で、ベーシックインカムの話をしている。また、当ブログでは「ベーシックインカムが成立しない理由」という記事を書いており、実現に向けて頑張ろうという主張ではない。しかしながら、筆者はベーシックインカムには、問題点はほとんど無いという考えだ。実際にはどうなるか不確定なのに、懐疑派が勝手に問題を作り出しているという思想だ。別の次元で問題があるとすれば、議論者が政府の役割を(国民のためだと)誤解していたり、陰謀論を伏せたり知らないで語る状況だ。
次は外部ブログの「Eye of the God ~神の眼~」で、タイトルからして魔導師のブログより。
お金のない世界
お金のない世界がよくて、お金のある世界は最善ではない、という発想自体おかしい。
お金のない世界というものが、私たちを幸せにしてくれるのではない。
お金のある世界が、私たちを不幸にしているのではない。
実は、私たちが幸せかどうかは、お金のない世界にいるのかある世界にいるのかに関係ない。
どっちの世界だろうと、私たちの意識のありよう、どういう視点で生きるかがすべてである。
引用の因果関係を説明すると、当ブログが先方ブログを引用するのではなく、筆者が正体を隠して頼んだから先方の記事が存在する。
「爬虫類的宇宙人はいない」というブロガーへの対策と同じ論法だが、「お金の無い社会を目指そう」と称するサイト管理者の宗教を聞いて貰いたい。お金のある社会がやっぱり好きになるようなカルトのはずだから。
美しき緑の星、なんで今更20年前の映画を引っ張って持て囃されているのか? 当ブログが発掘した40年前の映画の方が強烈で宣伝されるべきだ。
筆者がお奨めのフランスの作品と言ったら、もちろんファンタスティック・プラネット(LA PLANETE SAUVAGE)。というか、それと三銃士(ダルタニャン物語)しか知らん(爆) Fプラネットを実写映画でやった方が、人々に大きな目覚めだと思うが。
超時空要塞マクロスの記事と同系ジョークをフライングで1つ。美しき緑の星は宇宙人と地球人とのハーフがヒロインで、子沢山の母親(それが標準)。既に青年となっている男子も2人いる。母息子3人が現代のパリへ行く物語なのだが、青年2人はパリの女の子2人を結婚相手として星へ連れ帰るという展開だ。もちろん、パリ女が宇宙男達についていった理由は、お金の無い社会に憧れてではなく、青年2人がイケメンで逞しかったからだ(爆)
あれれ~、映画を見た感想文を書くつもりが、紹介程度で終わっちゃったぞ~。こういう場合は、纏め記事が、なかなかアップされない傾向にあるんだよな~。
ファンタスティック・プラネット……紹介記事も感想記事もアップ。
星を追う子ども……紹介記事だけで、視聴していない読者はいまだ粗筋すら不明。
サカサマのパテマ……紹介記事だけで、視聴していない読者はいまだ粗筋すら不明。
クロスアンジュ……感想文1だけでストップ(爆)
狂四郎2030……続きがあるかもという話だけ
傀儡師リン(和田慎二)……リンの話は終わったが、本筋のピグマリオが準備中
吸血鬼退治物語・BLOOD+……無事完結
彼岸島……無事完結 ただし、コミック自体が未完
魔法少女まどか☆マギカ……続きをアップすると宣言してから1年4ヶ月経過(爆)
以上、彼岸島を除き、視聴・読破済み。
美しき緑の星(LA BELLE VERTE)には、「イエスは宇宙人」「音楽家のバッハは宇宙人」みたいな表現があるにもかかわらず、当ブログとしては辛口のレビューとなる事を想定して貰いたい。2日で上映禁止になった理由は、お金の無い社会というより、イエスが宇宙人という部分なのかも知れない。不買運動の呼びかけという線もあるか。
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「美しい緑」というフランス語タイトルなので舞台は「地底世界アガルタなんだ!」みたいな人もいるが、日本語の映画タイトルには「星」なのだから、地球とは別の惑星だと解釈した。物語内では地球という表現と並列で、星らしき名前が登場する。地球以外にも幾つか星の候補があるわけで、地底という状況にそぐわない。
映画を作った監督は宇宙人コンタクティという以前に魔法結社員。もちろん、魔法結社は宇宙人とコンタクトする結社なのだから、コンタクトも実施しているだろうが。
複数の人から寄せられたと話したが、宇宙への旅立ちが発端?で、その読者にブロガーがいて、そのブログも人気のようで、情報が当ブログに流れてきたわけだ。何度か語っているが、当ブログ級のアクセス(1日1000~3000アクセス)や、それを超えるアクセスのブログで、真実を追究しているサイトは1つも無いと宣言している。この法則を忘れないで貰いたい。まあ、筆者としても「あの人気ブログは走狗ですよ」と名指しはできないので、読者から「あのブログは素晴らしい」という同じような報告が後を絶たないのだが。一例としては「宇宙人はいないと思う」と宣言しながら、のうのうと当映画(宇宙人が基盤)を見事だと紹介しているようなブログだ。
映画の内容の話となる。まず、ジョークのセンスは筆者には合わなかった。アメリカ映画・ドラマだと、ジョークが筆者をニヤリとさせるが、フレンチ・ジョークには反応しない事が判明した。それから、サッカー選手の男同士がフレンチ・キス(ねちっこく深い口付け)をするシーンもあり、ホモ推奨か! と言いたくなる。監督は女のようで、男は原則、男×男を嫌いという事に気付いていないのか。
フレンチ・ジョークで検索すると、フランス人の旦那を持ってフランスで暮らす日本人女性のブログが見つかった。その人もフレンチ・ジョークはズレまくっているという解釈だ。慣れればいいというもんではない。
この映画を紹介する人は「お金の無い社会が描かれている」と強調し、あたかも素晴らしい世界かのようにレビューしている。しかし、映画のテーマはお金の無い社会ではなく、そんな社会から来た人が現代を見たという内容が主体で、現代社会の風刺が基盤と言える。つまり、お金の無い社会が素晴らしいという話ではなく、現代社会が酷い有り様だという話なのだ。もちろん、地球がスムーズに「お金の無い社会に移行できる」という根拠も存在しない。この辺の解釈を、変なサイトに誘導されてはならない。
フランスで2日間宣伝しただけで、EUでは上映禁止になったというエピソードもある。「役に立たない仕事でも税金を投入して政府が職を作り出し、失業率を下げれば大衆は黙る」とか「不買運動すれば、資本家は潰せる」みたいな話もあった。まあ、確かに、支配層が知られたくない事は、多少はあったが、ゼイリブ程に強烈な話ではない。
意味は追って説明するが、筆者は地球におけるお金の無い社会というのは信じていない。原住民など、最初からお金が無いコミュニティならばともかく、貨幣社会からお金が無くなる世界に移行するみたいな話は、支配層によるガス抜きという解釈だ。アセンション詐欺やNESARA詐欺が、その典型例で、アセンション詐欺では、もちろん2012年末に完全に裏切られた。NESARAだとコブラ解放やベンジャミン・Fなどが叫んでおり、もはや相手にできない。コブラ解放(2013年の春に金融のリセットをすると宣言し、延期を重ねるも、もちろん何もしなかった)について追記すると、「コブラは大嘘確定」と当ブログが突き付けたら、暫く大人しくなっていたブログがあって、深呼吸したくなるような空気の良さそうな所に住んでいるみたいだが、またコブラ解放を紹介している。要するに、集会などでの上位者から指示されているのでやめられないのだ。
お金の無い社会を希望する多くの人は、お金の余裕が無い人達だ。そりゃ、最初からお金の無い人ならば、お金の無い社会の方が都合いいと思い込んで当然だ。しかし、お金の無い社会でも労働が無くなるわけではない。身体に障害は無く、肉体は最低限は健康だと想定する。物々交換が主体になるとして、何も提供できない人だっているはずだ。まさか芋掘りの手伝いをさせられて、労働の対価として芋を得て、他の物品と交換するのだろうか? そんなもんは、今でもできる事ではないか。それすらする努力や気力がないのに、どうしてそんな人が「お金の無い社会」を希望するのやら。たとえ、お金がなくなっても、したくもない労働をするのでは無意味だ。ある人が絵や音楽を作るのが好きで、下手だけと魚と交換してくれという話ならばまだしも、芸術的な意欲もゼロで、技術(テクノロジーからコミュニケーションまで多彩)も知識も無い。そんな人こそお金の無い社会で一番困るのだ。お金の無い社会の話をする人は、「屋根を修理できる人と山菜を採れる人がいて……」みたいな話ばかりで、「健康だけど、なーんにもできない人(雑作業などできる事があっても、したくない人)」の存在がすっぽり抜けているのだ。
お金が無い世界だと、今より楽だと思っているのではないか? お金のある今の世の中で、うだつの上がらない人が、お金のない世界で急に才能を発揮するとはとても思えない。問題があるとすれば、お金ではなく個人となる。
筆者の予感では、お金の無い社会ではゴールドは手に入れにくいと思われる。まあ、歯の治療や電化製品などには使われており、産業が一新されない限りは、それらの産業では手に入るだろうけど。
NESARA(情報公開と大金配布)の話になり、1人1000万円だか10億円を受け取ったとしよう(ベンジャミン・Fの案では既に100万円になっている。もちろん、それすら誰も受け取っていない)。
今の貨幣価値では絶対に使えない。10億円で東京都千代田区(東京駅辺り)の土地、あるいは都会から遠くない山林で自然と暮らすために、山1つを買いたいと希望しても、そういう人が殺到したら、言うまでも無く値段は吊り上がる。土地に限らず、家でも物品でも同じだ。
シェルダン・ナイドルの大金配布宣言……2012年アセンションで裏切りくさったシェルダン・ナイドルは、5月中に大金配布のスタートが始まると宣言しくさった。どうせ5/31が終わり、6/1になっても「まだアメリカ時間では……」となり、6/2になってまた嘆くオチ。そもそも5月中とかいう話で、下旬まで引っ張る時点でおかしいではないか。知らない人が急に大金が振り込まれるとビックリしてしまうから、そろそろ銀行から案内くらいは届かないとおかしいはずだが。
筆者はお金が無い社会は希望しない。ただし、ベーシック・インカムのように、誰もが月12万円くらいを受け取る社会は強く希望している。月30万欲しい人は、18万の仕事をすればいいし、50万欲しい人は38万の仕事という具合だ。別に奴隷労働者(サラリーマン、フリーター)のやる気を著しく削ぐ話ではない。もちろん、年金も支払わないし、健康保険も取られない前提だ。医療費が掛かるかの、その話まではしないでおく。
ベーシックインカムで、それなりに皆がハッピーになる(お金を要因とした不幸から解放される)はずで、お金に困らない暮らしだ。なのに、「お金の無い社会になる事が素晴らしい」なんて話をする以上は、その手の話に注目させて時間を奪うトラップだと筆者は考えてしまうわけだ。ベーシックインカムの問題点というのもあるだろうが、「1人10億円の大金が支払われた社会」や「お金の無い社会」の問題点と比較すれば、取るに足りないという意味で、ベーシックインカムの話をしている。また、当ブログでは「ベーシックインカムが成立しない理由」という記事を書いており、実現に向けて頑張ろうという主張ではない。しかしながら、筆者はベーシックインカムには、問題点はほとんど無いという考えだ。実際にはどうなるか不確定なのに、懐疑派が勝手に問題を作り出しているという思想だ。別の次元で問題があるとすれば、議論者が政府の役割を(国民のためだと)誤解していたり、陰謀論を伏せたり知らないで語る状況だ。
次は外部ブログの「Eye of the God ~神の眼~」で、タイトルからして魔導師のブログより。
お金のない世界
お金のない世界がよくて、お金のある世界は最善ではない、という発想自体おかしい。
お金のない世界というものが、私たちを幸せにしてくれるのではない。
お金のある世界が、私たちを不幸にしているのではない。
実は、私たちが幸せかどうかは、お金のない世界にいるのかある世界にいるのかに関係ない。
どっちの世界だろうと、私たちの意識のありよう、どういう視点で生きるかがすべてである。
引用の因果関係を説明すると、当ブログが先方ブログを引用するのではなく、筆者が正体を隠して頼んだから先方の記事が存在する。
「爬虫類的宇宙人はいない」というブロガーへの対策と同じ論法だが、「お金の無い社会を目指そう」と称するサイト管理者の宗教を聞いて貰いたい。お金のある社会がやっぱり好きになるようなカルトのはずだから。
美しき緑の星、なんで今更20年前の映画を引っ張って持て囃されているのか? 当ブログが発掘した40年前の映画の方が強烈で宣伝されるべきだ。
筆者がお奨めのフランスの作品と言ったら、もちろんファンタスティック・プラネット(LA PLANETE SAUVAGE)。というか、それと三銃士(ダルタニャン物語)しか知らん(爆) Fプラネットを実写映画でやった方が、人々に大きな目覚めだと思うが。
超時空要塞マクロスの記事と同系ジョークをフライングで1つ。美しき緑の星は宇宙人と地球人とのハーフがヒロインで、子沢山の母親(それが標準)。既に青年となっている男子も2人いる。母息子3人が現代のパリへ行く物語なのだが、青年2人はパリの女の子2人を結婚相手として星へ連れ帰るという展開だ。もちろん、パリ女が宇宙男達についていった理由は、お金の無い社会に憧れてではなく、青年2人がイケメンで逞しかったからだ(爆)
あれれ~、映画を見た感想文を書くつもりが、紹介程度で終わっちゃったぞ~。こういう場合は、纏め記事が、なかなかアップされない傾向にあるんだよな~。
ファンタスティック・プラネット……紹介記事も感想記事もアップ。
星を追う子ども……紹介記事だけで、視聴していない読者はいまだ粗筋すら不明。
サカサマのパテマ……紹介記事だけで、視聴していない読者はいまだ粗筋すら不明。
クロスアンジュ……感想文1だけでストップ(爆)
狂四郎2030……続きがあるかもという話だけ
傀儡師リン(和田慎二)……リンの話は終わったが、本筋のピグマリオが準備中
吸血鬼退治物語・BLOOD+……無事完結
彼岸島……無事完結 ただし、コミック自体が未完
魔法少女まどか☆マギカ……続きをアップすると宣言してから1年4ヶ月経過(爆)
以上、彼岸島を除き、視聴・読破済み。
美しき緑の星(LA BELLE VERTE)には、「イエスは宇宙人」「音楽家のバッハは宇宙人」みたいな表現があるにもかかわらず、当ブログとしては辛口のレビューとなる事を想定して貰いたい。2日で上映禁止になった理由は、お金の無い社会というより、イエスが宇宙人という部分なのかも知れない。不買運動の呼びかけという線もあるか。
関連記事
スイスのベーシックインカム~希少金貨の罠~投資金貨を推奨
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テーマ : 特撮・SF・ファンタジー映画
ジャンル : 映画