国民の思想は工作員に誘導されている


最近では秘密結社の陰謀は陰謀論扱いされるようになったので、工作員は他の要素にパワーを注いでいるそうだ。
インターネットの時代だというのに、マスクする人が大半で、ワクチンを打つ人も充分に多い現状を考えると、情報操作は上手くいっていると言える。一方、トランプ絶賛の情報に心酔する人も結構おり、やはり情報操作は有効なのだ。
話は変わり、当ブログでそれなりの頻度で掲載してきた伊比という人だが、ピースサインを頻発するようになり、移民を素晴らしい事のように語り始めたので、もう却下の域に達している。元々はトランプ支持だったが、ミナミ・アシュタール(トランプ却下)支持になり、ころころ変わる。成長しているならばいいのだが、もうすでに何者かに取り込まれたと噂されるようになった。最初から工作員候補で、鳴かず飛ばずの頃は自由にやらせてもらっていたという解釈でもいい。視聴者も馬鹿ばかりではなく、いつもの動画は低評価が1%未満なのに、移民歓迎の話をしたら低評価は10%超の水準となった。
当ブログの理解者によると、半年くらい前の時点で「あの人よりも、当ブログの管理人の方が信じられる」という言葉を頂いている。その人の感性はバッチリだったのだ。
社会の闇を解説するジャンルに属し、ユーチューブで顔出しの論者は、あまり信じない方がいい。最初からテレビに出ている人が顔出しなのは不自然ではないが、テレビに出してもらえる時点で工作員の候補。無名で顔も知られていない人が顔を出して、アブナイ話をする道理がどこにも存在しない。「顔出しの方が信用してもらえる」という道理はあるが、それって、論とは無関係に信用してもらうための心理トリックを実施しているに等しい。
顔を出し、アブナイ話をしつつ「私は宗教になんて属していない」と弁明するユーチューバー(トランプ支持者)も居たが、「秘密結社に属していない」とは言っておらず、工作員が確定的。トランプの緊急放送(半年以上前から、やると言って起きていない)の話は、視聴者のマインドコントロールに逆効果と考えたのか、その話はあまりしなくなっていた。にもかかわらず、トランプ絶賛のユーチューバーとリアルで会って交流したりと、一般大衆のわけがあるまい。
「みんなに真実を知って欲しい」という個人ならば、いかつい顔の大男とか、スキンヘッドにヒゲ、ブサメン、悪い人相、デブ、女でも同様に、怖い顔とか、ごつい顔・体つき、デブがあり得るはずなのに、そんな顔出し論者はなかなかいない。ベースはフツメンでも常時 肌荒れとか、やつれ顔、服装がダサいとか、その手の人も見かけない。なぜか肌艶が良く、活き活きとしている見た目の人が多い。顔出しの覚悟を決めて真相を発信したいならば、顔や体型にこだわっている場合ではないはず。それから見た目だけでなく、トーク力がなぜかある。「顔を出して真相を伝えるんだ」と意気込んだ人が、偶然、容姿に問題なく、トーク力もあるなんて事は考えにくい。もちろん、ブサメンでもトーク力があれば工作員として抜擢されるだろうが、割合としては小さい。また、年齢を重ねるとフツメンもブサメンに見えるので、年配の話ではなく、20歳代からアラフォーまでを想定している。それから、メガネは度数が高いとブサメンに見える。
知人で難関資格を目指す人のためのスクールに通っていた人がいる。その人は難関資格は取得できていないのだが、企業に対する工作員の仕事を紹介されたという。資格は取れないものの、スクールに通って知識やスキルを蓄えた人材に対して、怪しい仕事が回ってくるというわけだ。その分野で結構な知識を持ちつつ資格がないので、履歴書では単なるオッさん、オバはんという都合のいい人材なわけで。
同様に役者、タレント、歌手、アナウンサーなどで、人気が出ずに落ちぶれている人に対して、顔出しで工作の仕事が回ってくるのは妥当と言える。偽旗作戦のクライシス・アクター(役者)も、売れない役者だからこそ務まる。一説によると、大事件を起こした犯人の上半身の写真がテレビに出て、ピースをしていたら、その事件自体が偽旗だそうだ。
「顔出しの覚悟があるのだから嘘はつけない(顔も出さずに語る奴は嘘つき)」という説はデタラメ。見た目に問題ない人が顔出しする事で信用されやすい心理を利用した工作となる。
というわけで、今回のムービーのように、活動家が顔を出さず、実名を出さず、声すら機械で調整している方が、むしろ信用できる情報の割合が高まる。


「〇〇について語っていない場合」には、工作員と決めつけるのは早い。しかし、「〇〇についての見解を表明した場合」には内容によって判定対象となる。例えば、当ブログではグロ系の真実は詳しく語らないし、ロシアの闇も語らない。だとしても、「だからロシアの工作員だ」というのは、論理的に成立しない。単純にロシアに興味ないとか、知らないだけの場合があるからだ。「レプティリアンが妖怪話にも出てくるような人食いだ」という話さえしておけば、「どの女王が、何歳くらいの、どこの部位を食べた」という情報は語らなくてもいいに決まっている。別に隠しているわけではない。
グロの話を詳しく語ると、読者は語った人を嫌う場合もある。無論、デーヴィッド・アイクのように女王の実名を出し、食った部位を語れば、読者は「よく言ってくれた」と好感を持つ場合もあるにせよ、別の読者からの嫌われ方も強烈となる。当ブログは「人を食べるんだ」で、すべての要素を語った事にするという選択をしたのだ。


他の例だと、当ブログでは移民問題について記事を書いていない。だからといって「移民容認の工作員だから、移民問題を語らないんだ」という論理はおかしいわけだ。ちなみに「当ブログに来る人なら、移民の問題点は自分で考えられるから、移民の話なんてしなくていい」が、管理人の思う所。
さて、近況だが、先週は調子が狂うような出来事があり、ブログの更新がうまくゆかなかった。まあ、新コロナ騒動の前には、もっと緩い更新頻度だったので、その時の頻度に戻っただけだが。
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