

「無気力、集中力不足、不安感、うつ……ポルノの見過ぎかも」のような見出しとなっている。女のポルノの定義としては、女視点のVR(仮想空間で、目の前の男性がしてくる)や、ボーイズラブという、男同士の性生活をイメージして欲しい。

男のポルノは一般認識でO.K.(画像は芸術作品の系列で、イメージのために用意)
ムービー本の話には、論理学に誤解がある。
ポルノを見ているから人生がつまらなくなってゆくのではなく、人生がつまらないないからポルノを見るが正解。ポルノを見なくなる事で、一部の人は人生が良くなる事はあっても、他の多数は、そう変わらないのが実際。ムービー本のような話は、改善するという抽象的な話をし、あたかも全員が同じ位置に行けるかのように錯覚させる。だが、実際には初期位置というのがあり、同じ位置には行けない事を当記事では説明する。
ムービーの論には根本的な欠陥がある。「ポルノの見過ぎ」の原因が述べられていない所だ。「3大欲求の1つなんだ」では、「3大欲求に逆らってポルノを見ない人」との違いが不明となる。
「無気力、集中力不足、不安感、うつ……ポルノの見過ぎかも」という話は、「日本の景気が長期間悪いのは、消費税のせいだ」と叫ぶようなもの。なぜ消費税を世界の支配者が設定しているのか、なぜ世界の支配層が日本をおとしめる方針なのかが本質なのだから、「消費税が原因なんだ」には価値はないのだ。
では、ポルノの見過ぎになる原因を考えてみよう。これはズバリ、その男の容姿。
フツメン、中肉中背(デブでもガリでもないし、チビでもない)、はげてない、肌荒れとかはない、年齢が中年以降でもない……。こういう人でも、別に女にモテるわけではないし、高収入が確約されるわけでもない。よって、ポルノに走っておかしくない。ただ、こんな人ならば、ムービーの本の通りにゆくだろう。言い換えると、努力は「ポルノをやめる」という最小限の労力で済む。
しかし、容姿項目に重度な問題があったり(例:100人に1人のブサメン)、重度ではなくても複数の容姿項目を網羅したり(例:身長160+ややデブ+ややハゲ+ブサメン+オッサン+肌荒れ)……そんな人がポルノをやめて、更には容姿改善の努力をする事は難しい。そんな果て無い努力よりは、ポルノ依存の方がマシだと認識するからだ。フツメン中肉中背ならば、効果を多大に感じられる。にもかかわらず、容姿に問題がある人は、ポルノをやめても、ブサメンとかが解決するわけではない。同じ状態に達するまでの労力に見合わないのだ。フツメン中肉中背、ましてやイケメン長身ならば、ポルノをやめるだけでいいのに、容姿劣悪だとポルノをやめるだけでは駄目なのだ。言うならば、不公平感が発生する。そして、その不公平感こそが、ポルノ依存症になる要因なのだ。


筆者が交流会で会った人に、性の禁欲で抜群の効果を語る人が居た。その人の容姿だが、低身長+イケメン+やや痩せだが筋トレ+20歳くらい+髪ふさふさ……のような感じ。(本人さんへ、都合悪ければ連絡を下されば消します) そりゃ、モテる可能性高いでしょ。
数値化すると分かる事もあるだろうか。ポルノによって得る快楽が+30だとしよう。性的な禁欲で得られるメリットが+50だとする。容姿に問題(重度があると-100、中度が複数でも-100)だとしよう。
-100の場合…… -70 → -50
0の場合…… +30 → +50
フツメン中肉中背は0として、禁欲前はポルノによって+30だったのが、禁欲によって+50の人生になる。しかし、容姿が-100の場合には、+30で-70が禁欲前の水準。禁欲によって-50になれば、相対的にはプラスだが、絶対的にはマイナスのままなのだ。ポルノの快楽を+50に向けて依存してもおかしくないのだ。
フツメン、中肉中背、はげてない、33歳まで……このような人には、今回のムービーは役に立ったろう。
今回の件にかかわらず、瞑想はおすすめ。


性エネルギーについて。
ガタカという映画を思い出した。
チビなオタク顔がエリートになるには、人生の全てを掛けて物凄い努力が必要だったという話。ようやく、「才能や容姿・体格がある人」に追いついた、不公平な物語。


関連記事
敗戦後のスリーエス政策(3S政策)のセックスとは何か
《ガタカ》宇宙飛行士になる物語~身長を伸ばすイリザロフ法~タイタンには何がある? 1